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2016-04-18

人生を狂わせた正しい責任の取り方と「忘れ物」という名の時限爆弾

人生を狂わせた正しい責任の取り方と「忘れ物」という名の時限爆弾

2015年7月の終わりに私はエジプトに行った。当時付き合っていた人と一緒に行くつもりでチケットを買い、出発前に別れた。「あーチケットキャンセルしなきゃだなー」て思ったけど、頭の中はエジプトのことでいっぱいだったから、結局その人の分だけキャンセルして、私は一人で行くことにした

そこまではよかったんだけど、私が思い描いていたルートは、南のアブ・シンベルからスタートして、アスワン、ルクソールに寄りながら北上し、カイロを目指すというエジプトまるごと縦断コース

7月に入って、東京もどんどん暑くなってきていた。会社が駅から遠いので、毎日毎日、汗だくになりながら通勤。数十分前に施したメイクは会社に着くころには完全になかったことになっていて、もうお化粧は必要な場合のみ会社に来てからやろうという方針を固めていたくらいだ。

そこであることに気付く。エジプト、これより暑いよね? そう、エジプトは暑い。日中の最高気温40度超え。そして砂漠。おまけに想定外の一人旅。今までの旅行、ほとんど一人だったけど、今度こそ一人じゃないぞって…

ふざっけんな。

と思った。なんでわざわざ一人で重いバックパック背負って真夏のエジプト陸路で北上しなきゃいけないんだ。どんな罰ゲームだよ、と。最初から一人で行くつもりだったんならまだいい。でもそうじゃない。このタイミングでそんな試練に耐えられる自信はない。肉体的にも、そして精神的にも

やっぱ海だな。

そう、夏と言えば海。とりあえず青い海が臨めるゾートでのんびりすれば疲れた心と体を癒せるに違いない。でも、私の手元にあるのは成田―カイロの往復チケット。どう転んでも絶望。と思いきや私の脳裏にある記憶がよぎる。

「恋するダハブ」

昔誰かに聞いたことある。アジア・アフリカ・ヨーロッパの中継地点、中東に「ダハブ」とかいうところがあって、旅の疲れを癒しに多くのバックパッカーが訪れるという話。過酷な旅の途中に、ひとときの休息を求めて集まる旅人のためのリーズナブルなリゾート地。そして、世界一安くダイビングのライセンスがとれるため、ついでに取得していく旅人も多いって。海、リゾート、ダイビング、出会い。そうして生まれるのが、何を隠そう「恋」とかいうやつ

「ダハブ」って、エジプトじゃなかったけ…

はいエジプトでしたー。ダハブ行き決定。カイロから、ダハブの最寄り空港「シャルム・エル・シェイク」までのチケットも追加で購入。そしてすぐさま有名な日本人宿兼ダイブショップ「seven heaven」にメール。なんとちょうど日本人インストラクターさんもいるらしい。

海なんてほとんど行ったことないし、ダイビングなんて当然やったこともない。しかし当時の私はとにかく必死だった。ソロで灼熱砂漠に放り込まれるという苦行から逃れるためにはどんな藁にもすがりたかったのだ。


で、どうだったか。

まあそれは今の私を見ていただければだいたいお分かりいただけると思います。ここがもし最高でなかったら、世界一周にフィン持ってくなんて言い出しませんし、アフリカ北上のゴールに再びダハブを持ってくることはなかったでしょう

っていうか、ここに行っていなければ、今「仕事辞めて世界一周行ってくる」とか言ってない。それまで私は、こんなこと1ミリも思っていなかったのだから。

ここで出会ったのは、海への愛が全身からあふれ出ちゃってるイントラさん。それから6大陸すべてを自転車で横断しているチャリダーさん。あと、ご夫婦で世界一周しているお二人と、かわいい大学生の男のコ。途中で、JICAで中東に派遣されている女のコと、世界を旅する美容師さんも加わって、様々なジャンルのバックパッカーでにぎわっていた。

それぞれが魅力たっぷりなバックパッカー集団の中に、会社員をたった1人で放り込むなんて、あまりに残酷すぎる

そして、忘れてはいけない人がもう一人。

普通の男の人があと一人いた。私より一つ年上で、なんていうか、普通の人。でも、私が世界一周を始めるきっかけを作った人


当時の私は、バックパッカーなんて20代前半から中盤の血気盛んな若者がやるもんだと思っていた。だから彼に会って、

「私と同じくらいってけっこういい歳なのによく会社辞めたね。不安とかなかったのかな。この先どうするんだろう」って普通に思った。完全にこれ今の自分に言いたいよね。とにかく、私ができないと最初から決めつけていて、やろうともしていなかったことをやっている人がいた

いい歳して仕事辞めて、バックパッカーなんかやっちゃってる彼にすごく興味を持った私はとりあえず聞いてみた。

私「ねえねえ、仕事辞めて旅に出てよかった? 」

 

彼「うーん、せやなぁ…

 

私「じゃあさ、私にもできるかな? 私も仕事辞めてバックパッカーとかありかな? 」

 

彼「まぁ…ええんちゃう?

 

てっきり、自信満々に「いーねいーね、仕事なんてさっさと辞めちゃいなよー! バックパッカーさいこー! 出会いさいこー! 絶対やったほうがいいって」みたいなうっとうしい感じの答えが返ってくると思っていた。もし、このような返答がきていたら、一瞬で興味が失せていたと思う

でも、実際は、なんだか肩透かしを食らったような、かなりゆるいコメントで、そこがすごくいいと思った

じっくりと考えながら、たぶんいろいろ思うところがあって、ほんの少し間を置いて上のような答え方をした彼の気持ちが、今はなんとなく分かる。道の途中でさ、こっちの道来ちゃって正解だったか間違いだったかなんてまだ判断付くわけないじゃん。それをやってよかった、悪かったって判断するのは、旅の途中じゃない。きっともっと先なんだと思う。おそらくは、旅が終わったあとのこと。やってよかったかどうかは、その後の人生をどう生きるかによって決まるんだと思う

調子に乗って「予算は? 」「ルートは? 」「ねえ何で世界一周しようって思ったの? 」「日本に帰ったらどうすんの? 」みたいなことを、あれやこれや質問しまくった私は本当にうざかったなーと今あらためて思うけど、それにもひとつひとつ丁寧に答えてくれた

自分の人生の行く先を見据えて、腹くくって旅をしている彼と接することで「かっけーな」という想いと、「うらやましいな」という想いと、「私もやりたい」という想いがごちゃ混ぜになって、滞在中「いいなー、バックパッカーいいなー」って100回くらい言ったと思う

ダイビングのほうも順調に進み、無事にアドバンスダイバーとなり、私のエジプト滞在も残すところあと一日となった。そうなのだ。こんな世界遺産大国に来たくせに、私はそれらをすべて無視して、エジプト滞在をまるごとダハブに費やしたのだ。「遺跡とかめんどくせー」つって。ただの夏休みで訪れた会社員ですら沈没させるなんて、ダハブは恐ろしいところやでー

そして、まだしばらくここでのんびりするという彼をうらめしく思いながら、私はダハブを後にした。最後に、

もしこの先、私が仕事を辞めてバックパッカーになったら、完全にあなたのせいですからね

みたいな捨て台詞を残して。


それから7ヵ月後、2016年3月にはいってすぐ、私は彼に一通のメールを送る。

人生狂わせてくれて、ほんとどうもありがとうね

まさか本当に、こんなことになるなんて、当時の私は知る由もなかった、のパターンだ。


そんな彼が昨日帰国して、我々は再会を果たす。彼が事前に送ってくれたメールには、帰国を知らせる文言とともに、こんな一文が添えられていた。

携帯灰皿返しにいくよ

恥ずかしながら、私はダハブのゲストハウスに携帯灰皿を忘れてきた。私の特技のひとつと言っても全然過言じゃないのがこの「忘れ物」。携帯灰皿でまだよかった。もっと致命的なものじゃなくて。海外で携帯灰皿なんて売っていないから、持って行くとすごく便利。ただ、ゆうても“おまけ”。タバコ一箱買ったら一個付いてくるやつ。原価50円くらい。失っても「あーあ、ちょっと残念」くらいの気持ち

私がダハブを発ったあと、忘れ物を発見した彼が「とりあえず持っとくわ。無事持って帰れたら日本で渡すね」ってメールくれて、私も「あ、それいいねー」とか言って、なんかもうどう見ても社交辞令ですよね、みたいなやりとりを交わしたんだった。あれから8カ月、2年1ヶ月にわたる世界一周の旅を終えた「私の人生を狂わせた人」が、

携帯灰皿、届けに来るってよ!

イ、イケメンすぎる…。その行動の男前っぷりにびびった。携帯灰皿のことはもちろん憶えてた。憶えては、いた

でも、「きっと届けに来てくれるって思ってた」って言ったら、これはまあ完全に嘘になる


世界を一周しちゃって2年ぶりに日本に帰って来た人間は、とりあえず何を食べたいっていうのかなと思っていたら、

ピザとかそういうやつ以外

って。うん、なんかわかる。久しぶりに会ったけど、相変わらずゆるーっとした穏やかで大らかな雰囲気は変わっていなくって、相変わらずいい感じだった

おいおいこの子ほんとに仕事辞めたとかゆうてるで」って正直彼もドン引きだったと思うけど、とにかく目の前には、自分が引き金になって、あと2週間後には世界一周に旅立つことになっちゃってる人間がいるわけで、絶対あきれてたと思うけど、たくさんのアドバイスをくれた

「ヨーロッパ(とくにベネチア)ではコロコロは全くおすすめせんなあ。ホントきつかった」

「 “メガネかけてると狙われやすい”ってめっちゃいろんな人から言われたで。あ、俺は旅行中ずっとメガネやったけど強盗とか合ってないんやけどな」

「とりあえず、迷ったら防塵・防水のやつ買っとけばええ」

「帰りのチケット見せろなんて、一回も言われたことないなー

「そういえばセキュリティーポーチ使ってなかったなー。それよりも、宿に鍵付きロッカーがあるんやったらちゃんとそこに貴重品入れとく、とか、少しでも目を離すんやったら大事なものはこまめに鍵の付いたバッグに入れとく、とか、そういうことをめんどくさがらずにやることのが重要やと思うでー」

なるほどなるほど。アドバイス以外には、ボリビア土産の超絶可愛い靴下ももらった。「ウユニ塩湖めっちゃ寒いねん」って。ウユニと言わず、アフリカでも履くから、ちゃんとバックパックに入れとくね


0(ゼロ)が「世界一周行くなんて思ってもみない状態」で、10が「よし行こうと腹くくった状態」だとすると、彼は、0を1にした

そのあと、意識して背中を押してくれた人もいるし、無意識のうちに結果的に背中を押してくれちゃってた人もいて、1が2になり、2が3になり、ついに10になってしまった。もちろん、いろいろなきっかけや理由や私自身の意思のもと、最終的に10になったんだけど、

0を1にしたっていうのは、ものすごくでかい。

世界一周出発まであと2週間とちょっと。その人物に、このタイミングで会えたことがすごくうれしかった

だから、

 

だから…?

 

だから、コミュニケーション能力に自信がない人は、いろんなところでどんどん忘れ物をしてきたらいい

ってこと。

パスポートとかお財布とかはあたりまえだけど、ダメ。「いつか届けにいくよ」とかそういう話じゃなくなってくるから。マルチ電源アダプタとかiPhoneの充電器とか、ないとまあまあ困るものも避けた方が無難。自分の旅に支障が出る

じゃあどんなものならよいか。電源タップ(差し込んだまま置いてくる)、折りたためるシリコンのコップ(洗面台のとこに置いてくる)、洗濯バサミ(備え付けのロープに付けたまま置いてくる)、そして…携帯灰皿。つまり、「なくても困らないけど、あったほうが便利よね」みたいな、ほどよい感じのアイテムがベスト。こういったものを、宿を発つ前にさりげなく置き忘れてくるといいと思う

時限爆弾、セット完了。

これがきちんと爆発するかどうかは、ある意味「賭け」だ。わざわざ届けてくれる「どんだけいい人だよ」っていうイケメンな行動をとるバックパッカーがいるかもしれないし、いないかもしれない。そのまま何事もなければそこで試合終了。時限爆弾が不発に終わっただけのこと

でも、もし爆発したら、かなり素敵なことが起こると思って間違いない。コミュ力の大幅な欠如が自慢の私でも、社交辞令かと思われた再会の約束を果たすことができたように

こういう書き方をすると、まるで私がわざと世界中にいろいろなものを置き忘れてきているかのように聞こえるけど、今回の件に関しては、ホントにわざとじゃない。っていうか、今回とか前回とかではなく、今まで一度たりともわざとやってみたことはない。実はこんな形で再会するなんて、初めての経験だったのだ


ほんとにほんとにわざとじゃないけど、こうしてわざわざ携帯灰皿を届けに来てくれた彼と、秋葉原の煮込み料理がおいしい普通の居酒屋で食事をした。「日本に帰ったらどうすんの? 」という質問の答えが、ダハブで教えてくれたやつと変わってなくて、全然ぶれてない感じにびっくりした。そして、私が旅を終えた後、再再会することを約束して別れた

いい歳して仕事辞めて世界一周するのちょっと不安だなって思っている私に、「いい歳して仕事辞めて世界一周したけど、そのあとの人生なんとかなった姿」を見せる義務が彼にはある。だから、私は世界一周から帰ったら、それを見るために彼に会いに行くのだ。

そのとき彼が「世界一周してよかったなー」と思いながら、話してくれた“やりたいこと”に向かって、楽しくて充実してキラキラ輝く人生を送っていることこそが、私の人生を狂わせた彼の「正しい責任の取り方」だと思っている。

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コメント2件

  • Coco より:

    いいなー、なんか、、
    恋したくなる♡笑

    忘れ物してみるかな!笑

    • mayumi mayumi より:

      Cocoちゃん!
      忘れ物、どんどんしてこう笑
      名前、住所、メアド、ラインIDなどなど、やたら詳細な個人情報が書かれた電源タップとかwww
      そんな必死すぎる時限爆弾!!

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