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2015-10-18

【インド】2007.08

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はじめに言っておくと、私は、この旅行では完全にインドに敗北を期した。全然勝てなかった。帰るとき、「二度と来るか、こんな国! 」って思ったけど、今は、いつか絶対リベンジしてやる、と思っている。

夏休みを利用して行ったインド。私はタイからニューデリーへ、友達は北京からニューデリーへ。「じゃあ11時に渋谷駅前集合ね☆そのあとランチでもしよ! 」みたいなノリで「ニューデリー駅前集合ね」と約束して、実際ニューデリーで合流した。顔が濃い年齢不詳の男の人たちでごったがえすニューデリーの街は、常にクラクションが鳴り響いていて、道路の真ん中に居座る牛のせいでひどい渋滞が続いていて、偉さでいうと牛>車>人なんだなと思った。たくさん子供を連れた女の人に「金をくれ」と言われ、あまりにダイレクトすぎてびびった。でも、私も睡眠削って、ストレスに耐えて、必死で働いて貯めたお金で旅行に来てるわけだから、そう簡単にお金をあげるわけにはいかないと思った。働かざる者食うべからずだと思うし、働いても食えないなら、それはその国の福祉の問題であって、旅行者にお金をもらって解決すべきことではないと思う。インドでは何回も何回も何回も、「金をくれ」と言われたけど、私は一度もあげなかった。バクシーシ? そんなん知らん。冷たいと思われるかもしれないけど、私はそういう人間です。

インドでは、今まで行った他のどの国とも違う、強烈な国だったと思う。ものすごいエネルギーに満ち溢れていて、これだけたくさんの人がいて、なんだかわけのわからないパワーがあるんだから、もっと何かできるんじゃないかと思った。そもそも金をもっていない貧乏旅行者にたかって、嘘をついて小銭を稼いだりしてないで、もっと生産的なことをしてみろよ、と。

インドでは毎日インド人と喧嘩をしていたと思う。タクシーに乗っても行きたい場所に連れて行かないし、ホテルでは高額なチップをよこせと言われるし、ガンジス川が氾濫したとか嘘つくし、とにかくことあるごとに言い合いになるんだけど、私の英語力の低さでは、全然太刀打ちできなかった。すらすら言葉が出てこなくて、まともに喧嘩もできない。これじゃあ戦えない! そう思った。

ニューデリーの街から空港へ向かうタクシーの中。料金は相場よりだいぶ高いけど、もう喧嘩もめんどくさくて、とにかく空港まで行ければいいやという気持ちになっていた私は、心に誓う。絶対いつか語学留学でもして英語をマスターしてやる。そして世界のどこででも、堂々と喧嘩ができるように、立派に戦えるようになってやる、と。それから、もう二度とインドには来ない、と。

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